からだにやさしい料理にこだわりつづけて13年。
東京・西荻窪の「佐藤家の食卓」にお客さんが通いつづける理由【後編】

東京のJR中央線沿いにある西荻窪駅。ここに、「からだにやさしく、健康的な料理」をテーマにし、13年つづく定食屋『佐藤家の食卓』があります。
常連客はもちろん、遠方から足を運ぶお客さんも多いこのお店。順風満帆そうにみえますが、実はちょうど1年前にお店の転機となる大きな出来事がありました。後編は、その転機、そして店主・佐藤さんの食材へのこだわりを通して、長年お客さんに愛されつづける理由に迫ります。
「別の仕事をしていたかもしれない」現店舗との運命的な出会い
佐藤さんが、現在の場所にお店を開いたのは、2017年6月19日。前店舗はその2ヶ月前に、近所で起こった火事に巻き込まれてしまいました。お店は半焼。営業を続けることができなくなりました。
火事が発生した直後、知人から西荻窪のNPO法人が運営しているスペースを借りればまたお店ができるかもしれないと聞かされてはいましたが、「火事後の片付けなどに追われて、次の仕事を考えている時間がなかったんだよね」と佐藤さんは当時を振り返ります。
西荻窪のNPO法人が運営している『かがやき亭』というコミュニティスペースでは、ちょうど料理担当者に空きが出たタイミングで、新しく場を運営してくれる人を募集していました。
希望者向けに行われたスペースの見学会は2日間。佐藤さんはその見学会最終日の数時間前に「そういえば、見学会の案内が来ていたな……」と思い出し、メールを見返したのだそう。「先ほどメールをした者です。見学させてください」とギリギリのタイミングで滑りこみ、見事、現店舗を貸してもらえることになりました。
「あのときメールを思い出していなかったら、別の仕事をしていたかもしれません。年配の方々の交流スペースでもある今の場所で、13年前に掲げた『年配の方がおいしく食べられる料理を提供したい』という思いを形にできるのには、運命的な何かを感じました」
こだわりすぎることがお店を窮屈にしていないか
場所以外にも、佐藤さんが新しい店舗に移るにあたって変えたことがあります。それは開店当初に掲げた「国産の食材のみを使う」という考えに縛られないことでした。
開店した13年前から「持続可能で、健康的な生活を目指す」「からだにやさしい健康的な定食を提供する」という考えのもと、国産の食材を使うことをお店のこだわりとして掲げてきました。
しかし、徐々に「そのこだわりが、逆にお店を窮屈にしているのではないか」と思うようになっていったといいます。たとえば、女性を中心に人気のアボカド。どんなにお客さんからアボカドが食べたいと言われても、以前はアボカドが輸入品のため使うことはありませんでした。
「次第に“食べたい”という声があるなら出せばいいじゃないか、と思うようになりました。飛行機で輸入をするときに二酸化炭素などが出るという問題はあるけれども、せっかく運んできているんだからその一部を使わせてもらってもいいじゃないかって」
「こだわり」なのか、「縛られるもの」になるのかを決めるのは“自分自身”。お店で提供しているものは、時代に合っているのか、本当にお客さんが求めているものなのか――。
自分で選ぶものは自己満足になりがちだからこそ、佐藤さんは「こだわりをもつこと」と「狭く縛られないこと」のバランスを常に考えながら、日々お店を営業しているのだと語ります。
生産者、そしてお客さんとつくる料理
こちらは西荻窪の農家さんの卵を使用した「西荻玉子かけご飯と野菜定食」。鶏の排泄物を飼料にした、循環型でつくられている卵です。「飼料のにおいがしないから、生卵でも気にならないよ」というとおり、生臭さは全くありません。
その他、佐藤さんのもとには地元の農家さんや八百屋さんがしばしば野菜を売りに訪れます。
「農家さんって試行錯誤を重ねて一生懸命野菜をつくっているんですよ。だからこそっていうのもあるし、助け合いの精神じゃないけど、継続的にお付き合いしていくためにも、その日使えるものをできるだけ買うようにしていますね」
一方、お米は長野県の特別栽培米、雑穀は岩手県産のものを使用しています。13年前の開店当初は“季節の炊き込みごはん”を提供していこうと計画し、開店初日にはたけのこごはんを用意していたのだそう。
「でも、一番最初のお客さんがたけのこを残したんです(笑)。それを見て、『たしかに具によっては、食べられない人がいるよな』と気づきました。それで候補として挙げていた雑穀米を代わりに使うことにしたんですよ」
それから半年ほどは「お米」の看板を見るたびに、お米屋さんに飛びこんでは、雑穀米について聞きまわったという佐藤さん。なんとか川崎で信頼できるお米屋さんを見つけ、現在の雑穀米に出会うことができたといいます。
「季節の炊き込みごはんにしないほうがいいと気づいたのが最初でよかったです。数ヶ月経った後だったら、起動修正するのも大変ですから」。開店時のトラブルを笑い話にして語る佐藤さんの目には、お客さんや農家さんをはじめとする関係者と一緒につくりあげる料理、そしてお店への愛情がにじみ出ていました。
おわりに
「そうそう今年の春先から、昭和のお母さんが作っていたような“ライスカレー”を出そうかと計画中なんです」
以前、佐藤家の食卓には「伝説のカレー」という限定のメニューがありましたが、最近ではしばらく姿を消していました。しかし、移転後に年配のお客さんからカレーを食べたいという声があがったことから、気軽に食べられるカレーを復活させようと思い立ったそう。
お客さんの声とともに変わりつづける佐藤家の食卓。そして今は新しい店舗へ移ったからこそ、以前よりも広い空間を活かした使い方を考えているという佐藤さん。そんな佐藤さんのひたむきな姿勢があるからこそ、多くのお客さんが佐藤家の食卓に魅了され、通いつづけているのかもしれません。