宮城・奥松島の漁港で牡蠣の革命にいどんだ男、高橋洋さんが作る甘さ濃厚な「長石牡蠣」 | おうちごはんラボ

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宮城・奥松島の漁港で牡蠣の革命にいどんだ男、
高橋洋さんが作る甘さ濃厚な「長石牡蠣」

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宮城県東松島市。日本三景・松島から東に行ったこの土地の海岸沿い一帯は「奥松島」と呼ばれ、冬でも暖かく、春には椿が咲き乱れヤシ科の「シュロ」が繁茂していることから「東北の伊豆」とも評されています。

 

緑の濃い山と開けた土地のコントラストが印象的で、そこに広がる野蒜海岸の一帯は、皇室に何度も献上された実績をもつ「献上海苔」が育ち、全国的な牡蠣の名産地でもある海の恵み豊かな土地です。
そんな恵み豊かな奥松島で先代から続く「長石商店」。現在社長として自らブランディングする「長石牡蠣」という牡蠣の養殖・販売をしているのが、高橋洋さんです。

 

高橋さんは、全国漁業青壮年部連絡協議会の副会長を務めて現在6年目。そして、オイスター協会で最高峰の「グランオイスターマイスター」という資格を、生産者で認定されていた二人のうちの一人。牡蠣にくわしく、その魅力を発信するプロ中のプロです。

 

また、長石商店では種牡蠣という牡蠣の子どもも出荷しているのですが、高橋さんの種牡蠣は北から南、日本中のさまざまな生産者に使用されていることからもその実力が伺えます。宮城県は種牡蠣のシェアNo.1と聞けばその影響力も伝わるでしょうか。

 

そんな高橋さんが奥松島で作る「長石牡蠣」とは、いったいどのようなものなのでしょう?

 

 

種牡蠣から育てるからこその、「強み」

高橋さんが育てる長石牡蠣は、身もしまっていて、甘みやうまみが濃いのにえぐみや癖がなくとってもフルーティーという特徴があります。その秘密は、奥松島の環境と育て方のこだわりにありました。

 

 

松島湾は静かな内湾と流れの激しい外洋があります。長石牡蠣は最初に内湾で身を大きく育てた後、荒々しい外洋で波に揉まれます。こうしてストレスをかけることで、身がしまり味が良くなるんだそう。普通なら2年かかる大きさに1年で育つのもポイントです。1年ものだからこその甘さや癖の少なさが、見ためだけではなく味にも出るのでしょう。

 

また、長石牡蠣の仕込みには、その年の一番いい種牡蠣を使用。外洋にさらすのと同様、ストレスをかけて牡蠣のうまみを引き出すためにわざわざ水面から干出させたり、漁場環境を何度も変えたりしています。

 

長石牡蠣は水深10mの漁場で養殖されているのですが、実は水揚げで収穫されるのは水深5m以内の牡蠣のみ。この水深5mには、太陽の力を吸収した牡蠣のエサとなる植物性プランクトンが豊富にいます。

 

かなり労力がかかるため、このように全ての手間をかけているのは全国でも野蒜海岸でもここ長石商店でしか行われていません。この徹底したこだわりと労力が、おいしい牡蠣を作るのでしょう。

 

 

「毎年同じ海はないんです。毎年一年生ですよ。データや経験則を武器にその時々でがんばっていくしかない」

 

そう語る高橋さんからは、味の追求に手間を惜しまず、毎年の試行錯誤によってこのおいしさを維持していることが伝わってきました。

 

 

安全の追求が、自社ブランドに力を入れるきっかけに

大学は法学部を出て証券マンとして働いたという高橋さん。今の「海の男」のイメージとはちょっとちがった過去をもっていました。

 

なんでも、最初はお父さんが体調を崩されたのをきっかけに短期間だけこの道に入ったのだそう。しかし、2週間休むだけのつもりがそこからずっと牡蠣と海に真摯に向き合い続けてきました。

 

そしてそんな姿勢は、ターニングポイントにも現れています。

 

当時、高橋さんが牡蠣に携わり始めて2、3年経ったころ。冬に組合で出荷する予定の牡蠣が、大腸菌の検出でストップしてしまいました。牡蠣にとって冬は書き入れどきです。それにもかかわらず直面してしまったトラブルに、高橋さんは危機感を覚えたそうです。

 

「今後は回避する方法を考えなければならない」

 

高橋さんが目をつけたのは「海水の滅菌浄化」。今では当たり前のように行われていますが、当時は宮城県でやっているところは一件もありませんでした。その技術で大腸菌の問題が回避できることを見つけ組合にかけあいましたが、最初は受け入れてもらえなかったと当時を振り返ります。

 

しかし高橋さんはお父さんと話し合い、「自分のところで始めるべきだ」と、自費で高価な海水の滅菌浄化を行う機械を購入して牡蠣を出荷しました。ですが、いざ出荷してみても組合では普通の牡蠣と比べ値段が変わらなかったと言います。

 

▲排卵前の3月から5月にかけての春の長石牡蠣は「さくら牡蠣」と名付けられている。肉厚で栄養価をたくさん含んでいて、とてもおいしい時期。

 

 

それから「長石牡蠣」ブランディングのスタート。農作物とちがい、水産業で流通の透明性がはっきりしている食べ物は今よりずっと少なかったそうです。その付加価値を認めてくれる人を探し、外部販売を推進するため長石商店も法人に。

 

当時出始めたオイスターバーを筆頭に認めてくれる人はいましたが、その道は決して楽ではありませんでした。

 

「お客さんが何を良いと思ってるのか。生産者はニーズが分からなければいけない」

 

海の男一辺倒じゃないからこその経歴が、この視野の広さに繋がっているのかもしれません。

 

そんな牡蠣に情熱を傾ける高橋さんに、今回牡蠣のおいしさをまるごと楽しめる「牡蠣のアヒージョ」(http://www.mainichigrillbu.com/ouchigohan/recipe/4135/)を教えていただきました。

 

身が締まった牡蠣は、ひとくち噛んだときから甘くてジューシー。磯の香りが口に広がっていくのを感じることができます。牡蠣本来の味がしっかりついているので、味つけは少なめのしおでも十分。オリーブオイルとにんにくの風味が合わされば、どんな主食や飲み物のお供でも楽しめそうです。

 

牡蠣が縮まないようにさっと煮込んだこの料理は、牡蠣の身やエキスまで全部を味わえます。一緒に煮込む野菜を何にしようか思わず悩んでしまう料理でした。

 

 

ようやく始まる、高橋さんの復興

高橋さんは2011年に発生した東日本大震災の被災者でもあります。

 

「ここは石巻湾から松島湾に向かって内側から流された。内側から堤防が壊されたんです」

 

取材のため工場に向かう前、高橋さんがそう言って見渡したのは、野蒜海岸沿いの工事中の一区画。奥の竹柵を境にすぐ塩釜の海になるこの干潟に向かって、左から右側へ津波が押し寄せました。

 

しかしそこには何もなく、工事用の車などがあるだけでした。実はここはもともと長石商店があった場所。現在の工場はここから1kmほど離れた場所にあります。見渡してもほぼ何もないこの場所に、長石商店だけでなく他の工場もあったとは今の光景から想像ができませんでした。

 

現在の工事は、元の場所に工場を建てるため今年ようやく始まったもので、すでに新工場に入れる設備も一部購入しています。それと同時に、高橋さん自身だけでなく、「長石商店」にとっても今年は飛躍の年になるのだそう。

 

「私の復興は今年から始まります。自分たちの意地かもしれないが、震災後、海と人間との間に壁ができている気がするんです」

 

被災した野蒜海岸は現在、海水浴場や地引網体験などでもにぎわいを見せ、初日の出には2000人が訪れました。その応援にも携わる、いち生産者としての、この地へのさまざまな思いを横顔に湛える高橋さん。

 

「海との繋がりは切れないね」と言って笑う姿が、とても印象的でした。