【新潟県津南町】「自分で食べるものを自分で作れることが宝」 自然の力を引き出す「豆農家」へとたどりついた暮らし

新潟県の最南端、長野県との県境に位置する津南町は、日本有数の豪雪地帯で長い冬の時期があります。その一方で、夏は北西の涼風に恵まれ高原のような爽やかな気候を特徴とし、さまざまな農産物が採れます。

また河岸段丘が発達していることから、古くから人々が生活を営んできたといい、町の至るところに縄文遺跡が見受けられる土地でもあります。

そこで大豆農家を営む佐藤知也さんは、神奈川県茅ヶ崎市生まれの新潟県育ち。中学から高校は循環型社会を学べる農業系学校に進学したものの、疑問を覚えて中退。心機一転して調理師を目指しました。

その後、飲食業についたあとに体調を壊したことをきっかけに、トラック運転手、バーテンダー、電気工事業、重機オペレーター、溶接業、などさまざまな職を経験。

就農直前には、小学校教員として働いていました。この頃から定年後の暮らしぶりを紹介するテレビ番組を見ていて「いつか田舎に住みたい」という思いを温めていた佐藤さん。

佐藤さんがどうしてここ津南町で農業を始めたのか、経緯を聞きました。

「いつかしたい暮らし」を今しようと決意した理由

▲佐藤さんの暮らす津南町中子地区、近くには広大な池と牧場がある

佐藤さんは、教員として働き始めた矢先に、再び持病が悪化し退職。これを機に以前から興味を覚えていた田舎暮らしを本格的に探し始めました。

2011年に起こった東日本大震災も、生活を変えていこうという大きなきっかけとなったといいます。同じ時期に田舎体験者を募集していた津南町のことを知り、就農体験者として数ヶ月暮らしました。

佐藤さんは体験終了と同時に、自治体から新規就農者支援として補助金をもらい、スムーズに農家としての暮らしをスタート。現在就農6年目、大豆農家として、奥さん、2人の娘さんの4人で農的暮らしを営んでいます。

「どうして津南町を選んだのですか?」と聞くと、「圧倒的な自然の迫力を感じた」と当時の第一印象を語ってくれました。

これまでの体験から養われた直感で「ここなら農業もできそうだ」という感触もともなって定住を決意。屋号は「元気もりもりな農産物を作りたい」という思いを込め、「もりもり農園」に決めました。

豆の生産者としてスタートした農業1年目

最初に栽培を始めたものは、大豆、小豆、ライ麦、そば。これらを無農薬でどこまでできるか研究の日々を続け、6年目の今年は主軸として大豆と米に力を入れていくことにしました。

そもそも豆を作ろうと思ったきっかけは、田舎暮らし体験中に知り合った農家さん。この農家さんが岡山県に移住するのを機に、家、さらにはこの方が近所の老婦人から譲り受けた大豆の栽培を佐藤さんが引き継ぐことになりました。

その後佐藤さんは、周りの農家にならいながら豆農家として、赤大豆、黒豆、青豆、鞍掛豆、と作ることに。その結果、老婦人から引き継いだ豆が「この津南の土地に一番合っていて、よく採れるし、味がいいのと、作りやすい」という結論にいたり、今年はこの大豆に特化して作ることになりました。

豆を譲ってくれた老婦人は、前任者に引き継がれた翌年に亡くなりました。「そのおばあちゃんには会えなかったんですけどね」と、佐藤さん。こうして長年津南で作られて来た地豆が、佐藤さんの手で引き継がれることになったのです。

売りは、「手作業、無農薬、在来種、そして豪雪地帯」

津南町は屈指の豪雪地帯。冬の間は屋根まですっぽりと雪で埋もれてしまうほどになります。佐藤さんのもりもり農園は「手作業、無農薬、在来種」の三本柱のこだわりに加えて、この豪雪地帯もセールスポイントなんだとか。

「冬の間に土が完全に休まり、雪が土を豊かにしてくれる。とても雪深いところで作られているという土地の魅力を、生産物を通してアピールしていきたい」と、力強い地豆ができあがる要素について、かみしめるように佐藤さんは説明してくれました。

大豆の収穫後の最終作業として、機械で熱を一気に加える乾燥方法が一般的ですが、佐藤さんはビニールハウスの中で雨を避けながら、天気のいい日に天日干しをおこなっています。「自分の豆が一番すばらしい豆と、思い込んで食べていますよ」と、佐藤さんの作る豆はほんのり黄味がかったまろやかな味が特徴です。

今年はお米の作付け量も増やし、豆と同様に天日の下でじっくりと乾かします。そうして収穫した稲をモミで保存して鮮度を保つ予定だそうです。じっくりと腰を据えて取り組む様子が伝わってきました。

日々実践する、農とともにある暮らし

豆と米を筆頭に、近くの直売所で商品として並べているのは、前の年に育てた野菜から、手作業でタネを採って芽吹かせた野菜の苗。種を受け継いでいく農法がここからも感じられます。

また、ハーブなど少量でも無農薬にこだわる消費者に向けて販売。加工品としては、自家製の味付けをほどこした「炒り豆」も女性を中心に好評です。

佐藤さんにこれまでの苦労談をたずねると、「雑草が想像以上に伸びてきて手に負えなくなったときはどうしようかと思いましたし、雪の降る時期も予測が立てにくく、初雪直後にやっと脱穀が終わってヒヤヒヤしました。天候は仕方がないですけど、大変です。それと収入に結びつかないことも度々あって、ようやく先が見えてきたというところです。ここまで来るのに時間がかかりました」。

それでも農業を続けられる理由を聞くと「自分にあっている仕事だなあ、と思います。自然の中で暮らしている感覚はとても気分がいいですし、雇われずに自分の時間を自由に工夫して働けることがいい。何よりも自分で食べるものを自分で作れることが一番の宝です」と、静かに語ってくれました。

次世代の農的暮らしも応援したい

これからの夢は、農業をしたいという人、特に若い人や自分と同じように新規就農しようとしている人に、「農業の良さを示していけたらいいな」と思っているそうです。

理想的な農的暮らしにたどり着くまで、自らの手足で試行錯誤を繰り返した経験が、暮らしの自信へとつながっているかのようでした。佐藤さんのていねいな暮らしぶりから作り出され、かみしめていただける農作物を今後も期待したいです。

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