湖東の自家採種菜園「野菜と旅する」に聞く、名もなき野菜たちが 教えてくれる人生に必要なこと

四方を山に囲まれ、日本一の湖がある滋賀には、作物の生育に優しい自然環境
が広がっています。近江の地は、中山道と東海道の合流地点に位置し、古くか
ら全国の諸大名の通り道でした。
「信州かぶ」「近江かぶら」「北之庄菜」「大藪かぶら」など、人の往来とともに
もたらされた多様な在来野菜たちが土地に根付いていました。
そんな滋賀県琵琶湖の湖東、東近江市で、自家採種の在来野菜を生産する有機
菜園「野菜と旅する」の松本真実さんと太地さんを訪ねました。

出会いは農場ボランティア

2人が出会ったのは和歌山県の米市農園。「WWOOF」という寝食の代わりに
労働力を提供する農場ボランティアに来ていた2人は意気投合し、三重県の伊
賀で農業研修をしながら同棲を始めました。
2016年に独立し、東近江市でいまの菜園を開園するとともに結婚。耕作放棄さ
れた地をコツコツ耕し、今では1.5町(ヘクタール)に。2018年には太地さん
も勤め先の工場を辞めて本格的に農場経営に携わりました。そして、2019年9
月に女の子を出産し、一家は3人体制に。
「社長は奥さん。ぼくは、農場の労働者として、彼女が実現したいことを手伝
っていきたい」と、太地さんは子育てにかかりきりで農場に出られない真実さ
んを支えています。

「野菜と旅する」では、自家採種の野菜を中心に、いんげん・大豆・そら豆な
どの豆類が10品種、かぶ・大根・人参などの根菜類、スイカやまくわ瓜など、
在来野菜を約60品種を育てています。まるで野菜を展示するフィールドミュー
ジアムのような畑でした。
東近江市の前身・旧愛東町は菜種の産地で、肥料にはなたね油粕のぼかしを使
います。殺虫剤を使わずに虫から守るには、的確な時期に苗を植えること。そ
のタイミングは品種ごとに違います。
早生もあれば、晩生もある。個性的で多様な在来種を植えることで、一つの虫
の大量発生も抑えられます。化学肥料も農薬も使わずに有機農業でやっていく
コツは、多様性を受け入れることにありました。

野菜は旅の相棒 。「野菜と旅する」を始めたワケ

「野菜と旅する」を始めたのは真実さんでした。思い立ったのは、2013年、和
歌山でWWOOFをしていた時のこと。きっかけは滋賀のある村で聞いた「嫁入
りナス」の物語でした。その村では、家宝伝来の茄子の種を嫁入り道具として
娘に持たせていたそう。
お嫁さんと一緒に、茄子も新たなパートナーと出会い子孫を残す。家庭の味を
伝えるためにタネを採り続ける風習が全国の農村にあり、真実さんはその話を
聞き回っているうちに、名も無い野菜にも物語があることに衝撃を受けます。
「名前なんてない、ただのカボチャや、蒔いたらええ」と村のおばあ、おじい
たちから渡された、飢饉に強いかぼちゃのタネ。自慢したくなるほど美味しい
マクワウリ。どの野菜にも物語があるけど、現代の流通システムの中で失われ
てしまったものでした。そうやって守られた名もなき野菜たちを受け継いでい
きたいと、真実さんはタネの保存を始めました。

「むかし、野菜は草でした。アフリカの大地を潤したスイカ、アフガニスタン
の草原に揺れた人参の花、タネは古来より人の手によって土地を旅してきたん
です。各地からうちの畑にやってきたタネは、またうちから旅を続いていけば
いい」
農園の名前らしからぬ「野菜と旅する」を始めた思いを、真実さんはそう語っ
てくれました。
真実さんも太地さんと出会い、タネとともに東近江の地にやってきました。和
歌山から栽培を続けている長い野菜は、自家採種も6世代目になるといいます
。数世代後には、この地の在来野菜となっているかもしれません。人とタネの
共生がその地に根付いた個性的な風味を作ってきました。古来から野菜は人の
旅の相棒だったのです。

「野菜と旅する」のロゴは里芋の葉。里芋は古来から日本に根付いてきた野菜
。一説によると稲以前から栽培されていたものだとか。
「里芋はジャガイモと違って、たねとりを続けても小さくならない。どんどん
土地に合った特性に変わっていきます」
古くからある作物の良さを知ってもらいたい、そんな思いを込めて、里芋の葉
をロゴにしました。

「珍しいだけじゃなく美味しいということを知ってもらいたい」と、年4回、
四季折々農園でとれたものを「種取り野菜セット」としてお得意さんに発送し
ています。

半農業半農的暮らしの「半農半農」という選択

「品種によって全然育ち方が違う。多様な品種を育てていると、収穫時期も重
ならないの」と、真実さん。枝豆も10品種育てていると、細く長く収穫できま
す。虫に食べられやすいものもあれば、食べられないものもあって、人と同じ
で野菜にも個性があります。
農園を始めた頃は忘れられつつある多様な作物を守るために、なんとかして名
もなき野菜たちを売ろうと考えていたといいます。しかし、作っていきたいも
のと売れるものは別だと気づきます。
多品目を個人の消費者に定期的に届けるのは本当に大変。端境期(収穫できる
農作物の種類が少ない時期)をなくすためには入念に作付けを計算しなければ
ならず、むしろ育ち方が自然じゃなくなってしまいます。

そこで真実さんと太地さんは、「売れるものを量産する畑」と「受け継ぎたいタ
ネを守るための畑」と、半々に分けることにしました。2人はこの作戦を「半
農半X(作家の塩見直紀さんが提唱する、自給とナリワイXを組み合わせた生き
方)」を文字って、「半農半農(半農業半農的暮らし)」と名付けます。
野球に例えると、多様性を育てるための草野球ならぬ「草畑」と、稼げる畑は
「大リーグ畑」。「草畑」には、湖南市の弥平とうがらし、野川キュウリ、滋
賀在来マクワウリ、日野菜、信州かぶ、八事五寸など、受け継いでいきたい多
様な野菜たちをとにかく多品目栽培します。「大リーグ畑」は今の所1反半、
スイカ一色です。
「イチローみたいな選手がこの中から現れてくれたらなーって」と話す、真実
さん。
多様な品種が育つ「草畑」の中からこの土地にあったもの選抜していきます。
育ちやすい上に、さらに消費者に選ばれ、売れるものは大リーガー。そのため
に収入にはつながらないけど、多様な「草畑」の選手たちを育て続けるのです。

「豆の数だけ抱きしめて研究会」。豆の品種を保存するために

多様な品種を1農家で維持し育てるのは大変なことです。「在来種の多様性を
みんなに知ってもらい、地域の中でみんなで育てたい」と、2017年、2人は多
様な豆を保存するプロジェクトを始めました。
「豆の数だけ抱きしめて研究会」略して「豆研」です。4種類の大豆を自分た
ちで育て、日本食の基本となる味噌、醤油の自給を目指すもので、ご近所のマ
マさん仲間を中心に15家族が集まりました。
滋賀在来品種「みずくぐり」を始めとする、4品種の大豆を使った合わせ味噌
は、味わい深いのだそう。3年目となった今年からは醤油も作りました。
真実さんは出産してから畑に行けなくなりましたが、「周りの方が自主的に作
業してくれている」と喜びます。タネを守る活動が、自分ごととして周囲に受
け継がれてきているのでした。

「日々の食卓を開かれた場にしたい」

2019年9月に誕生した娘さんの存在で、二人三脚でやってきた農園もいっそう
賑やかになります。「WWOOFer(WWOOFにおいてボランティアをする側の
人々)を受け入れては?」とアドバイスされることもありましたが、これまでは
他人との生活に乗り気ではありませんでした。しかし、娘さんが生まれてから
は前向きに受け入れてみようと思ったそうです。
「子ども一人世話するなら、WWOOFerの世話を何人するのも一緒じゃない
?」と、生後1ヶ月の娘を抱きながら、真実さんは笑います。

▲キク科のおひたし

「野川キュウリはピクルスにすると美味しい。4種類の地大豆を使ったカラフ
ルなテンペができる。春菊に食用菊のサラダはキク科同士でとてもよく馴染む
。より多くの人に農園に来てもらい、楽しさを知ってもらいたい。食卓の延長
に触れてもらう機会をつくっていきたい」と真実さん。
個性的で味わい深い在来の野菜だからこそできる可能性が、まだまだ食卓にあ
るのではないか。人が菜園に来てくれることで、自分たちの食卓も豊かになる
んじゃないか。そんな風に考え方が変化してきたそうです。
「野菜と旅する」畑を訪問することで、在来種ならではの野菜の味わい方がた
くさん学べそうです。

果たして人が野菜を選抜してきたのか、それとも、人は野菜に利用されてきた
のか。この世界で為すべきこととして松本家がタネの保存の道を選んだのか、
あるいは、タネが松本家を運び手として選んだのでしょうか。
虫や鳥、風に運んでもらうためにタネが設計されているように、個性的な野菜
たちの姿が松本家を引きつけてやみません。名もなき野菜たちからのメッセー
ジを拾い続ける松本家。3人体制になった今も、野菜との旅は続きます。


「野菜と旅する」
所在地:滋賀県東近江市妹町
問い合わせ:yasai.to.tabi@gmail.com
Facebookページ https://www.facebook.com/yasatabi/

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