母と娘のポルトガル旅。親子の絆を再確認したリスボンの 「エッグタルト」

2015年、離れて暮らしているものの、いつもお世話になっている母にお礼がしたくて連れ出したのはポルトガルでした。母娘2人きりでの海外旅行は初めてではないけれど、ポルトガルはお互い未知の国。それまで私がポルトガルと聞いてすぐに思いつくのは、歴史の授業で習ったフランシスコ・ザビエルやカステラといったものだけ。地図をひろげてポルトガルの位置はどこ
だっけ?と探してしまうほど。
ヨーロッパのいろいろな国を母と旅行したけれど、それまでポルトガルだけは旅行先の候補にあがることはなく、この旅先に選んだ理由は、まだ訪れたことがない新鮮な国を開拓してみようという気持ちからでした。問題なくスムーズな旅を母に楽しんでもらいたいと、本やネットで下調べをして日本から飛行機に乗り込みました。長時間の飛行機に乗っている時も母は元気にカメラを
構えながら窓の外の風景を写真に撮って、とてもウキウキした様子。まるで子どものようにはしゃぐ母をみて私も嬉しくなりながら、旅のプランを頭の中で思い描いていました。

アフリカの空気が漂う、首都リスボン

ポルトガルの首都・リスボンに到着し、地図をみながら駅から歩いて、その日予約していた宿へ。宿の近くにある広場に到着すると、たくさんの人で溢れていました。大半の人が黒人で、袋に詰まった食べ物や服が無造作に地面に置かれてあり、一瞬「ここ
はアフリカ?」と思ってしまうほど。


「ポルトガルはアフリカ大陸に近いもんね、昔いくつかの国はポルトガルの植民地だったこともあるし、たくさんアフリカから人が渡ってくるんだろうね」と、母は言いながらびっくりしている様子。私も思いがけないポルトガルの一面を目の当たりにし
て少し驚きながらも、アフリカの言語で談笑する人々を横目に宿にたどり着きました。
宿の受付の女性は私たちを笑顔で迎え入れてくれました。彼女は何十年も前にブラジルからポルトガルに移住してきたとのこと。宿の説明を受けた後、リスボンの街の見どころを、地図を見せながら教えてくれることに。
大きな地図を広げた彼女は、ふと思い出したように顔をあげると、「着いた時、ちょっとだけびっくりしたでしょう?」と私たちに言いました。「広場にいるたくさんの人たち、そんなに怖がらないでね。危害を加えたりすることはないから」。

広場にいた黒人の人々をみて、「ちょっと怖いな」、と思ったのが見透かされてしまったようで、少し恥ずかしい気持ちになっている私に、彼女は気にしたそぶりもない様子。とりあえず治安に問題はなさそうだということが分かってホッとした私たちは街歩きに出かけることにしました。

サクランボのお酒「ジンジ―ニャ」で乾杯

歩いていると、小さなグラスをもった人たちとすれ違いました。その人たちが集まる場所をみてみると、一軒の小さなお店。覗き込んでいる私たちに、お店のすぐそばにいた現地のおじさんが、ポルトガル語で何か話しかけてきます。ポルトガル語は全くわからない私たち。ただ、おじさんが親指と人差し指でグラスを持つマネをして、「一杯、飲んでいけ」というようなジェスチャーをしたので、ガイドブックに載っていたさくらんぼのお酒のことを思い出しました。

早速ひとつ注文してみます。グラスのギリギリまで並々と注がれるお酒。一口飲むと、日本の梅酒のように甘いお酒でした。お酒が飲めない母も「どれどれ。ちょっと試しに」と言いながら私の飲み終わったグラスの中に残っていたさくらんぼだけをパクリ。
「これだけで酔いそう」という母に思わず笑ってしまいました。私たちに話しかけてきたおじさんは、その様子をみて満足そうに親指を立てて微笑んでいました。小さなグラス一杯のさくらんぼ酒を母と2人で堪能しました。

リスボンの老舗でエッグタルトを食す

私が母と暮らしていた頃、楽しみにしていた時間があります。スーパーやコンビニでそれぞれ気に入った甘いお菓子を買って、一緒に味わうのです。おいしそうなお菓子を母と「これがおいしそう、でもこっちも食べたい」と言い合いながら、まるで宝石を選ぶかのように手に取ります。家に帰って、選んだお菓子の袋を開けたときにただよう甘いにおい、ひとくち入れたときに口の中に広がる甘い味、そしてなんといっても甘いものを食べているとき、母が笑顔になるのをみるのが好きでした。

リスボンの街角のお店を除くと、甘いものが並ぶショーウインドウの中にはエッグタルトがみつかります。
あちこちにおいしそうなエッグタルトがあって目移りしてしまうものの、「一番おいしいエッグタルトだからいってみて。店内のポルトガル伝統の装飾もおしゃれだから」と宿の女性におすすめされたエッグタルトのお店に行ってみることに。下調べの際、ガイドブックにものっていた、秘伝のレシピで作られたエッグタルトが地元の人にも観光客にも大人気の老舗のお店でした。

ポルトガルに来るならば、ぜひ母に食べさせたいと思っていたエッグタルト。お店に着くと、数人の列ができていました。私たちも列に並ぶと、それほど待つこともなく数分でテーブルに案内されました。お店のお姉さんに早速エッグタルトを注文します。

待っている間にも焼きたてのエッグタルトがたくさんのせられたトレイが運ばれていました。「あんなにたくさん売るんだね」。母もびっくりするほどお客さんは途切れなく入ってきます。

母が喜んでくれるといいな、とドキドキしながら待つとお皿に乗ったエッグタルトが運ばれてきました。
「わあ、おいしそう」。思わず2人で口に出してしまいました。日本語が分からないお店のお姉さんも私達の歓喜の声に笑っています。周りのお客さんをみるとシナモンや砂糖をかけて食べているようですが、まずはそのままひとくち。
「生地がすごくパリパリだね、クリームもすごくおいしい」。甘い物が好きな母と、できたてのエッグタルトに舌鼓。街歩きに疲れた体にエッグタルトの甘さはぴったりで、2人であっという間に完食し追加で注文してしまうほど。エッグタルトのおいしさはもちろん、いつも心配ばかりかけている母がとても喜んでくれているのをみると、ささやかな親孝行ができた気がして嬉しいひとときでした。

予想外の飛行機のキャンセル

ポルトガルに別れを告げる朝。「エッグタルトがまた食べたいな」という母に、近所でみつけたお店でエッグタルトを持ち帰り用に包んでもらいました。帰りの機内で食べようと、紙袋を大事に手に持って空港に向かいます。空港に着き、チェックインも無事に済ませ、母とベンチに座ってポルトガルの旅の思い出を振り返りながら写真を見返していました。
ところが搭乗時刻近くになり掲示板を見ると、乗るはずの飛行機にはっきりと赤文字で「欠航」の文字。初めての経験で頭が真っ白になりました。どうやら航空会社のストライキにあたってしまったようでした。自分1人ならまだしも、母と一緒の旅行で、最
後までトラブルなく旅行を楽しんでもらいたかったはずが、タイミング悪く当たってしまうなんて。
航空会社のカウンターに向かうとすでに長蛇の列。母も飛行機がキャンセルになったことを伝えると、不安そうな顔をしています。焦る気持ちを抑え、忍耐強く順番を待つとようやく自分の番が回ってきました。
「別の便に振り返るけれど、その便も飛ばないかもしれない」と言われながら仕方なくその便に振り替えますが、予定の時刻はとうに過ぎて長い待ち時間。ストライキのせいとはいえ、母に申し訳ない気持ちになりながらベンチに座ると、母が突然思い出したように紙袋を開け始めました。


「エッグタルト食べようか?」

朝に買ったエッグタルトと、おまけに買った甘いドーナッツ。甘いにおいをかぐと途端にお腹が空いてきました。焼き立てではないけれど、まだ生地はしっかりしているし、中のクリームもとても濃厚。
「やっぱり、おいしいね」
ニコニコ喜んで食べている母をみて、落ち込んでいた気持ちも元気になってきました。

結局、振り替えた飛行機は無事に飛び、日本に無事に帰ってくることができた私たち。
帰りの飛行機で母は「またエッグタルトを食べに行こうね」と嬉しそうに話してくれました。

私にとって何の縁もなかったポルトガル。

リスボンで食べたエッグタルトは、なかなか会えないけれどいつも応援してくれる母と食べた思い出の味です。

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