おいしさの味わい方は舌だけじゃない!田園風景が広がるインドネシア・ウブドで出会った「ガドガドサラダ」

2010年に公開された映画「食べて、祈って、恋をして」は、主人公の女性が仕事も恋もすべて捨て、イタリア、インド、インドネシアの3カ国へ人生をリセットするための旅に出る物語です。それぞれの国での生活風景がとても印象に残ったこの映画の舞台に惹かれ、インドネシア、バリ島のウブドに足を運んだのは、2014年。

自然と人が調和する穏やかな雰囲気のあるウブドは、伝統舞踊や絵画などが残る芸術の街、バリ島のビーチリゾートのイメージとは違い、田園風景などの豊かな自然が味わえることで知られる場所です。そこで、私は食事との向き合い方を見直すきっかけに出会うことになりました。

思いがけない穏やかな朝ごはん

バリ島の空港に夜遅くに到着し、タクシーに乗り込んだ途端に眠気が襲ってきました。必死に眠たい目をこすりながら、窓の外をみると真っ暗で、思い描いていたウブドの景観は見当たりません。

無事に予約していた宿に到着すると、真夜中にもかかわらず宿の人が笑顔で迎えてくれました。「ウブドにようこそ、今日はゆっくり休んでください」。部屋に灯されたろうそくの光で、なんだか夢の中にいるような気分でしたが、無事にウブドに着いた安心感から、その夜はぐっすりと眠りにつきました。

翌朝、顔を洗って部屋からでるとテーブルの上にはお茶とコーヒーが置いてありました。緑あふれる小さな中庭にはテラスがあり、なんだかホッとする雰囲気の宿です。

お茶を飲みながら一息していると、宿の人が朝食の希望を聞きにやってきてくれました。小さな台所で一つひとつ手作りしてくれると言います。朝食付きであるとは知っていたものの、どこにでもあるパンやチーズ、ハムなどのセルフサービスの朝食かと思っていたので、嬉しい驚きでした。

椅子に座ってその日のプランを考えていると、丁寧に運ばれてきたのはできたてのクレープとバランスよく盛られたフルーツ。クレープはアツアツで、上にかかったメープルシロップがよく合います。宿の人は私がはじめてウブドを訪れたことを知ると、「きっとまたすぐにウブドに戻ってきたくなりますよ」と静かに言いました。

そう言われて、なんだか不思議な気持ちになりながらも、穏やかな朝においしい朝ごはんを満喫しました。

ウブドの道でみつけたもの

ウブドでの旅の記憶をよみがえらせると、宿を出てすぐに、道の上でうっかり踏みそうになってしまったものを思い出します。お皿のように型取られた葉っぱの上に、色とりどりの花や草がのせられたものが家の前に置かれているのです。

まるでアクセサリーや何かのモチーフのよう。思わず踏みそうになってあわてている私の姿を、ちょうど玄関から顔を出した家の女性がみていました。目があって、気まずい顔をしていると、何も気にしたそぶりもなく、ニコニコ笑っています。

その女性に話を聞いてみると、あちこちの家の前に置いてあるこのカラフルな飾りものは、「お供えもの」であると知りました。各家庭で、毎日このお供えものを家の中だけでなく、玄関の前にも供えるのだといいます。毎日手作りするお供えものは花や葉などすべて自然に戻るもの。

市場にも出来合いのお供えものが売っているそうですが、その女性は全て自分で手作りするそう。それを聞くとなんだかすごく特別なものに思えてきて、お供えものを道で見つけるたびに立ち止まってみてしまいます。バリの人たちが手間ひま惜しまず、毎日のようにお供えものをし、祈りを捧げる姿はとても印象的でした。

田園風景の中で出会った「ガドガドサラダ」

道をカラフルに彩るお供えものだけでなく、ウブドの田園風景にも私の目は奪われました。そこは電車も高層ビルも存在しない空間。なんだか、心も体も自然とリフレッシュしてきます。穏やかな田園の小道を1人で歩き続け、お腹がすいてきた頃、ポツンと一軒たつ小さな食堂にたどり着きました。

食堂は日差しや風を感じられる開放的な造りで、田園風景をのぞむことができます。椅子に座り食堂の周りの風景を見渡す私を急かすこともなく、食堂のおばさんは、ゆったりと注文をとりにきてくれました。

暑かったからか、ご飯や麺、肉類よりも何かサッパリとしたものが食べたいと思った私はサラダのメニューを探しました。おばさんは私がベジタリアンだと思ったようで、「ベジタリアンメニューもあるよ」と親切に教えてくれます。ふと「ガドガド」という文字が目に入りました。「インドネシア定番の料理だね」。そうおばさんに言われたのと好奇心もあって、この「ガドガドサラダ」を注文してみることに。

注文から料理までおばさんは1人で働いていました。お客さんは私1人だけ。なんだかおばさんの家に招かれている気分でした。しばらく待つと、噂のガドガドサラダが運ばれてきました。彩りよく配置された温野菜に茶色のソースが添えられています。

早速、口にいれると、甘辛いソースの味が口の中に広がりました。親指を立てて、ジェスチャーでおいしいということを伝える私をみて、おばさんも嬉しそう。

「これはピーナッツでできたソースだよ」そう言われてびっくり。実は私はピーナッツが苦手だったのです。あえていうなら口に入れて噛んだ瞬間のモサモサした感じが苦手なのですが、ソース状なのでその食感は全く感じられません。

さらにそのソースはピーナッツだけでなく唐辛子や小エビを発酵させた調味料、ライム果汁などを混ぜているといいます。甘辛さがアクセントになったピーナッツソースはウブドにきて初めて出会った新鮮な味でした。

苦手なはずのピーナッツを使ったソースを野菜に絡めながら、あっという間に完食。ガドガドは「ごちゃ混ぜ」と言った意味合いがあるようですが、おばさんのガドガドサラダは、温野菜がまるで日本のお寿司のように綺麗に巻かれてバランスよく配置されていました。

おばさんが丁寧に並べてくれた彩りの良い野菜と、のどかな田園風景に目を癒されながら食べたガドガドサラダは心に残る味となりました。

後日、田園風景の中で出会ったピーナッツソースの味が忘れられず、ウブド滞在中にガドガドサラダをもう一度食べてみることにした私。レストランで注文して運ばれてきたガドガドサラダは、ゆで卵や厚揚げものせられています。

おばさんが作ってくれたガドガドサラダとは違い、ごちゃ混ぜにのせられた温野菜に、「これがその名本来のガドガドサラダなのかも」と思いました。ピーナッツソースの味はやはりおいしくて、温野菜に絡めながら堪能しました。

バランスよく彩られた料理に胸を打つ

ウブドに別れを告げる朝。宿で朝ごはんをいただきました。この日選んだのはオムレツ。卵には小さく切られた赤と緑のピーマンやニンジンなどが混ぜられています。トーストされたパンも半分に切られ、バランスよくお皿の上に並べられていました。

添えられたフルーツも丁寧に配置されています。見た目からも思わず食欲が湧いてくる朝食です。それをみていたら、レストランで食べたガドガドサラダと、おばさんが作ったガドガドサラダが同じガドガドサラダでも、なんだか違う印象を受けたことを思い出しました。

おばさんのガドガドサラダは、丁寧に配置されていて、目でみても楽しめる料理。さらに豊かな田園風景に囲まれた、落ち着いた場所だったことで、心に強く残る味になったのだと、ふと思いました。

忙しい日常に追われて、ついつい手を抜きがちになってしまう食事。それまでは、仕事中に歩きながら、家に帰ってからも携帯をみながら簡単に食事をすませてしまうことが大半でした。

バリ島で食べたおばさんのガドガドサラダは、私に「本当においしい食事の味わい方は舌だけではない」ことを気づかせてくれました。

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